tanteinikki-a064

もなかもなか

東京の「亀戸」「門前仲町」「木場」のあたりは、代表的な江戸の下町だね

あずきあずき

「亀戸天神」や「穴守稲荷」などの、有名パワースポットも目白押しだよ

もこもこ

じゃあ、東京「亀戸」から「深川」「羽田」あたりまでの「開運神社」をまとめてみようね

 東京の下町は、「新宿」「渋谷」「池袋」「上野」「銀座」などの都心部のように混雑しておらず、のんびりと散歩しやすい場所です。

下町では、多くの開運神社は、観光の「定番スポット」や「穴場スポット」の近くに存在しています。

そのため、「グルメ」や「ショッピング」「観光」「散策」などとリンクさせやすく、場所を変えるにしても鉄道やバスが十分にあって「移動」がしやすいため、参拝の後も困るということはないようです。

散歩しながら「運気アップ」のお参りをして、またぶらぶらしながら食事をし、気が向いたらまたお参りをするという「贅沢な時間」が過ごせそうですね。

この記事では、東京でのご利益参りで開運したい方のために、東京の「亀戸」「門前仲町」「木場」「羽田」周辺にある開運神社をご紹介していくことにしましょう。

この記事を読むことで、「亀戸」「門前仲町」「木場」「羽田」の周辺で開運の願いをかなえてくれそうな神社がどこなのかが分かり、よりポイントを押さえたご利益参りができるようになるかもしれません。

この記事を読んでほしい人

東京の「神社」のお参りで「よい運」を呼び寄せたい人

東京の「亀戸」「門前仲町」「木場」「羽田」界隈にある「開運神社」が知りたい人

仕事休みや週末などのちょっとした外出に「ご利益参り」に立ち寄りたい人

「開運」「金運」を祈願するついでに「東京の下町散歩」に行きたい人

「開運」「金運」「神社」「御朱印」「お神札」「お守り」などに興味津々の人

【亀戸周辺】

tanteinikki-kinunjinjya-kameido

亀戸天神社

tanteinikki-kinunjinjya-kameidotenjin

 亀戸天神社は、江戸時代初期に太宰府天満宮より神霊を勧請して創建されました。

正保年間(1644-1647年)に、菅原道真の末裔であった九州の太宰府天満宮の神官が、天神信仰を広めるため社殿の建立をしたいと思い立ち、諸国を巡り歩きました。

そして15年ほどの放浪の末、1661年に江戸の本所亀戸村にたどり着き、元々あった天神の小社に道真ゆかりの梅の木で彫った天神像を祀ったのが始まりと言われています。

ちょうど明暦の大火があったころで、幕府は本所界隈を復興開発事業の地としてさだめ、徳川四代将軍家綱はその鎮守として祀るよう現在の境内地を寄進しました。

そして翌1662年、地形をはじめとして社殿・楼門・回廊・太鼓橋・心字池など全て要素を太宰天満宮を模範として、よく似た構成で造営されました。

当初は、総本社の太宰府天満宮に対して「東宰府天満宮」「亀戸宰府天満宮」「本所宰府天満宮」などと呼ばれていましたが、1873年(明治6年)に「亀戸神社」、1936年(昭和11年)に「亀戸天神社」と言うように名称が移り変わっています。

東京十社のうちの一社で、「亀戸の天神さま」「亀戸天満宮」という呼ばれ方も一般的です。

境内を彩る藤の花が見事で、毎年4月下旬~5月初旬にかけて行われる「藤まつり」は非常に多くの人で賑わいます。

スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之もおススメする神社の1つです。

天神さまなので学業・芸術のご利益で有名であり受験生シーズンには参拝者でごった返しますが、それだけではなく出世運や金運にもご利益が高いと言われています。

【神社データ】

【所在地】
東京都江東区亀戸3-6-1

【TEL】
03-3681-0010

【アクセス】
東京メトロ半蔵門線「錦糸町」駅北口より徒歩15分

JR総武線「錦糸町」駅北口より徒歩15分

JR総武線「亀戸」駅北口より徒歩15分

【神社HP】
http://kameidotenjin.or.jp/

【祭神】
菅原道真(天神) ほか

とろとろ

参拝後は近くにある有名な和菓子屋「船橋屋」で葛餅をいただくのもいいですね。

船橋屋ホームページ  http://www.funabashiya.co.jp/

【周辺のグルメ情報】
食べログ<錦糸町駅周辺>

【地図】

【門前仲町周辺】

tanteinikki-kinunjinjya-monzennakacho

富岡八幡宮

tanteinikki-kinunjinjya-tomiokahachiman
 富岡八幡宮は、別名を「深川八幡」とも言い、1624年に長盛法師という人物が神のお告げを受けて当時は砂州であった地を干拓し、永代島に八幡宮を建立したことが始まりとされています。

横浜市にある富岡八幡宮(波除八幡宮)の神霊を勧請して創建されました。

創建当初は「永代嶋八幡宮」と呼ばれていたようで、砂州の埋め立てにより6万坪を超える社有地がありました。

徳川将軍家の手厚い尊崇と保護を受け、江戸庶民にも「深川の八幡様」として親しまれ、広く美しい庭園は当時人気の名所であったと言われています。

江戸時代には富くじ(現在の宝くじに相当)の興行が富岡八幡宮の境内でも頻繁に行われており、落語の演目「富久」の舞台ともなっています。当時の富くじの1等賞(昔の呼称では「一番富」)は、現金で五百両や千両という金額だったそうです。

明治維新後は、准勅祭社とされて東京十社の1つと数えられました。

社殿は、1683年に焼失し、1703年には地震によって倒壊し、1923年(大正12年)の関東大震災でも倒壊し、さらに大東亜戦争(太平洋戦争)時の空襲でも被害を受けるなど修復や再建を繰り返し行っていますが、壊されるたびに再興される「不屈の神社」としても名が知られています。

なお、震災や戦災でも倒れなかった「強運のイチョウの木」が境内に2本残っているそうなので、探してみてはどうでしょう。

「神田祭(神田明神)」「山王祭(山王日枝神社)」と並び、江戸三大祭の1つに数えられている「深川八幡祭」は、歩けないくらいの非常に多くの人出で賑わいます。

勝負運や金運、開運などで有名ですが、境内に祀られている摂社末社も数多くあり、幅広いご利益が期待できます。

富岡八幡宮で最大のパワースポットは、弁財天(市杵島姫命)を祀る「七渡神社」です。

この一帯は関東大震災や東京大空襲の被害を最も強烈に受けた場所ですが、まわりが全て焼け野原になる中で、七渡神社だけは焼け残ったと言われている、日本橋の小網神社に匹敵する「超」のつく「強運の神社」です。

このときに七渡神社の弁天池に避難した人は無事であったそうです。

これは、是非「強運」のパワーをいただかねば。

【神社データ】

【所在地】
東京都江東区富岡1-20-3

【TEL】
03-3642-1315

【アクセス】
東京メトロ東西線「門前仲町」駅より徒歩3分

都営地下鉄大江戸線「門前仲町}駅より徒歩6分

JR京葉線「越中島」駅より徒歩15分

【神社HP】
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/

【祭神】
応神天皇(八幡神) ほか

とろとろ

富くじの発祥の地ともされており、江戸時代には富くじの興業がたびたび行われました。

宝くじと縁が深いので、イケるかもしれませんよ!

【周辺のグルメ情報】
食べログ<門前仲町駅周辺>

【地図】

【金運アップ】開運理由で選ぶ東京でおススメの神社

【木場周辺】

tanteinikki-kinunjinjya-kiba

繁栄稲荷神社

 繁栄稲荷神社は、大丸百貨店の祖である下村彦右衛門正啓という人物が、1757年に貯木場を備えた別邸があった場所に稲荷神を勧請し創建したと伝えられています。

江戸時代には、木場周辺の庶民はもとより江戸一円の信仰を集めたようで、例祭の日には門前市がたち、近くの橋が「繁栄橋」と呼ばれるほど賑わったと言われています。

明治の終わりごろに大丸東京店および木場別墅(べっしょ)の閉鎖に伴って神社も閉鎖し、社殿は根津嘉一郎の青山邸(現在の根津美術館)に引き取られました。

根津家の青山邸にあったときには「嘉栄稲荷」と呼ばれていたそうで、関東大震災と大東亜戦争(太平洋戦争)の戦火をいずれも免れています。

1960年(昭和35年)に大丸が根津家より社殿を譲り受けて、もともと繁栄稲荷神社のあった場所に新たに伏見稲荷大社の分霊を勧請して再建しましたが、1988年(平成元年)に大丸コアビルの建築に伴って、現在地に遷座されたという経緯があります。

三囲神社が三越百貨店・三井財閥なら、こちらは大丸百貨店です。

十分なご利益があると言えるでしょう。でもどちらも稲荷神を祀る神社だというのが興味深いですね。

【神社データ】

【所在地】
東京都江東区木場2-18-11大丸コアビル敷地内

【TEL】
なし

【アクセス】
東京メトロ東西線「木場」駅より徒歩1分

【神社HP】
なし

【祭神】
宇迦御魂命(稲荷神) ほか

とろとろ

伏見稲荷大社を勧請した神社であり、大丸百貨店を繁栄させた強運のお稲荷さんです。

【周辺のグルメ情報】
食べログ<木場駅周辺>

【地図】

【金運アップ】東京出世稲荷巡り大人の開運神社散歩

【羽田周辺】

tanteinikki-kinunjinjya-haneda

穴守稲荷神社

 穴守稲荷神社は意外と創建が新しく、1804年の新田開墾の際に海が荒れて沿岸の堤防が決壊したために、周辺の村が大きな被害を受けたことがきっかけになっています。

村の人々が決壊した堤防の上に小さな祠を創り稲荷神を祀ったところ、海が静まって田畑は大きな収穫をもたらしたとされ、これが穴守稲荷神社の始まりと言われています。

「穴守」という社名は、堤防が決壊してできた穴の被害から人々を守るということに由来し、もともとは新田開拓を行った家の持つ土地にある小祠でした。

1884年(明治17年)に暴風雨で壊れてしまいますが、翌年には再建が許され、さらに翌1886年(明治19年)には「穴守稲荷社」から「穴守稲荷神社」へと名称を変更しました。

再建後の穴守稲荷神社は境内も広くなり、さらに羽田周辺で潮干狩りもできることやちょうど温泉が湧き出したこともあって、門前には温泉旅館や芸者の置屋ができるなど、現在の江の島のような大人気の名所となりました。

穴守稲荷神社が強力な霊験を世に示すのは、終戦直後にGHQが羽田空港を軍事基地として拡張するために、穴守稲荷神社とその周辺の住民が強制移転させられたときです。

社殿や鳥居はGHQによって壊されましたたが、門前の赤鳥居だけは撤去したくてもできなかったと言われています。

米軍工兵が赤鳥居を倒そうとしたところ、工事中に作業員たちに死傷者が出てしまい工事は中止になりました。

その後も何度も撤去や移転させる案が出ましたが、その度ごとに工事関係者が事故にあったり原因不明の病気になったりしたそうです。

その後1954年(昭和29年)の羽田空港の滑走路拡張工事でも工事中の死傷者が続出したということです。

まさに「祟りじゃ!」ですね。

稲荷神はご利益が大きい代わりに、作法や祈願の履行、約束事などに厳しくて、それから外れると災いを招き祟ると言われていますから、それを地でいったということなのかもしれません。

ちなみに赤鳥居は、1999年(平成11年)になってようやく天空橋駅南の弁天橋交番前へ移設されました。

その際にも、鳥居をクレーンで吊り上げると突然雨が降り出したと言われています。

ただし、その時には1人のけが人も出ませんでした。

昔から穴守稲荷神社は願い事が叶うのが確実で早いとされていました。

昔から伝わる羽田節の一節に「羽田ではやる お穴さま 朝参り 晩には 利益授かる」とまで謡われています。

境内にはさまざまな稲荷神社が摂社末社として祀られていて、まるでお稲荷さんのテーマパークのようです。

「すごくご利益がある すぐご利益がある」と言われるのも本当かもしれません。

【神社データ】

【所在地】
東京都大田区羽田5-2-7

【TEL】
03-3741-0809

【アクセス】
京浜急行空港線「穴守稲荷」駅より徒歩3分

京浜急行空港線「天空橋」駅より徒歩5分

東京モノレール線「天空橋」駅より徒歩5分

【神社HP】
http://anamori.jp/

【祭神】
豊受姫命

とろとろ

お守りでおススメなのは「神砂守」です。

色ごとに願意が違いますが、黄色は金運招福、赤は心願成就、白は身体健全、紫は厄除開運、緑は家内安全だそうです。

【周辺のグルメ情報】
食べログ<穴守稲荷駅周辺>

【地図】

この記事のまとめ

このエリアのおもな金運神社は「亀戸天神社」「富岡八幡宮」「繁栄稲荷神社」「穴守稲荷神社」

このエリアは「亀戸」「深川」「木場」などの江戸時代の下町にあたり、「下町好き」にはたまらないかも

「亀戸天神社」は、明暦の大火の復興を祈願して造営され、開運や金運にもおススメ

「富岡八幡宮」は、東京十社にも数えられる、「富くじ」に関係の深い不屈の神社

「穴守稲荷神社」は、願い事を確実に素早くかなえてくれると言われる強力な稲荷神社

【Hotels.com】公式サイトはこちら

【agoda】公式サイトはこちら

公式サイトはこちら【Booking.com】

今すぐ無料登録
【電話占いヴェルニ】公式サイトはこちら
登録無料で楽天ポイントも楽天toto公式サイトはこちら