1969年(昭和44年)の音楽業界は、「グループサウンズ・ブームの終焉」という驚くべき事態を迎えていました。

それは、かなり唐突に、そして潮が引くように「気が付けばいなくなっていた」ようです。

1969年(昭和44年)の音楽事情

「GSブーム」の突然の終焉

グループサウンズは1967年(昭和42年)初夏より流行していましたが、当初から社会的な風当たりは非常に強く、グループサウンズのコンサートを観に行っただけで停学もしくは退学処分となったり、コンサートに行くこと自体を禁止する中学校・高校が続出しました。

そんな中、1967年(昭和42年)11月に行われた「ザ・タイガース」の奈良あやめ池での野外コンサートで、ファンの転倒事故が発生し重軽傷者を出したため、NHKは「歌のグランド・ショー」で既に収録済みだった「ザ・タイガース」の出演部分をカットし、それ以後、長髪系のグループサウンズの出入りを禁止しています。

例外として出入りを許されたのは、「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」と「ザ・ワイルドワンズ」だけだったそうです。

また、1968年(昭和43年)5月には「ザ・タイガース」の女子高生ファンによるコンサート入場券偽造事件も起きました。

ほかにも、「オックス」がステージ上で行った失神パフォーマンスにより実際に失神する少女達が続出し、これをきっかけとして事故防止のためグループサウンズのバンドには会場を提供しないという劇場や自治体が多くなったことも、社会現象としての反グループサウンズの動きを強める結果となりました。

【オックス 失神パフォーマンス】⇒YouTube

そういう状況の中、1969年(昭和44年)3月~5月にかけて、「ザ・タイガース」の「加橋かつみ」、「オックス」の「赤松愛」など、人気グループから主要メンバーが相次いで脱退し、メンバーチャンジがなされたことや、

「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」などのムード歌謡路線に転向するグループも現れはじめ、そして何より「反グループサウンズ」の動きが強すぎて満足にコンサートもできなくなったことから、この年の夏を迎える頃には、完全に「グループサウンズ・ブーム」は終わりを迎えることになりました。

【青い鳥/ザ・タイガース】⇒YouTube

【美しき愛の掟/ザ・タイガース】⇒YouTube

【嘆き/ザ・タイガース】⇒YouTube

【スマイル・フォー・ミー/ザ・タイガース】⇒YouTube

【君を許す/ザ・タイガース】⇒YouTube

【純愛/ザ・テンプターズ】⇒YouTube

【雨よふらないで/ザ・テンプターズ】⇒YouTube

【スワンの涙/オックス】⇒YouTube

【僕は燃えてる/オックス】⇒YouTube

振り返ってみればわずか2年間の熱狂であり、ウソのようにチャートから姿を消していきますが、人気グループのメンバーにはその後活躍した人物も多く、音楽業界・芸能界に残したものは「人材の面」からも「ノウハウの面」からも実に大きかったと言えそうです。

【我が良き友よ/かまやつひろし(ザ・スパイダース)】⇒YouTube

【さらば恋人/堺正章(ザ・スパイダース)】⇒YouTube

【街の灯り/堺正章(ザ・スパイダース)】⇒YouTube

【夢よもういちど/真木ひでと(オックス)】⇒YouTube

【雨の東京/真木ひでと(オックス)】⇒YouTube

【危険なふたり/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

【追憶/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

【時の過ぎゆくままに/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

【勝手にしやがれ/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

【憎みきれないろくでなし/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

【サムライ/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

【あなたに今夜はワインをふりかけ/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

【ダーリング/沢田研二(ザ・タイガース)】⇒YouTube

有名な例では「アウト・キャスト」に在籍した「穂口雄右」が「キャンディーズ」などの多くのヒット曲を手掛けるなど、そうした例は枚挙にいとまがなく、このすぐ後の時代である1970年代の音楽界・芸能界の盛り上がりに、とても重要な役割を果たすことになったようです。

【年下の男の子/キャンディーズ】⇒YouTube

【春一番/キャンディーズ】⇒YouTube

【夏が来た!/キャンディーズ】⇒YouTube

【わな/キャンディーズ】⇒YouTube

【微笑がえし/キャンディーズ】⇒YouTube

1969年(昭和44年)以降最後まで、ヒット・チャートで頑張っていたのは「ザ・タイガース」だけであり、「グループサウンズ」全体で、楽曲が「Top10」に入ったのは、1970年(昭和45年)3月リリースの「都会/ザ・タイガース」が最後となりました。

【都会/ザ・タイガース】⇒YouTube

【素晴しい旅行/ザ・タイガース】⇒YouTube

【誓いの明日/ザ・タイガース】⇒YouTube

そして、1972年(昭和47年)10月に、最後まで残っていた「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」が日本コロムビアとの契約を打ち切り、大幅なメンバーチェンジをしたため、「グループサウンズ」としての「ブルー・コメッツ」はここに実質上解散し、「グループサウンズの時代」も完全に幕を下ろしました。

【さよならのあとで/ジャッキー吉川とブルーコメッツ】⇒YouTube

【雨の赤坂/ジャッキー吉川とブルーコメッツ】⇒YouTube

【涙の糸/ジャッキー吉川とブルーコメッツ】⇒YouTube

【海辺の石段/ジャッキー吉川とブルーコメッツ】⇒YouTube

後年再結成されるグループもあり、「ザ・タイガース」などは、1981年(昭和56年)11月に「同窓会」と称して再結成し、1982年(昭和57年)2月リリースのシングル「色つきの女でいてくれよ」をオリコン最高位「4位」の大ヒットにしました。

また、カバーされる楽曲も数多くあり、例えば「亜麻色の髪の乙女/ヴィレッジ・シンガーズ」などは2002年(平成14年)「島谷ひとみ」によるカバーがオリコン最高位「4位」の大ヒットとなり、「ヴィレッジ・シンガーズ」は、それをきっかけにして活動を再開しています。

【色つきの女でいてくれよ/ザ・タイガース】⇒YouTube

【亜麻色の髪の乙女/島谷ひとみ】⇒YouTube

「ウッドストック」の伝説

1969年(昭和44年)は、伝説のライブ・コンサート「ウッドストック・フェスティバル」が開催された年としても有名です。

「ウッドストック・フェスティバル」とは、1969年(昭和44年)8月15日(金)~17日(日)までの3日間(もしくは、8月15日午後~18日午前にかけての4日間)に行われた、アメリカの「ニューヨーク州サリバン郡ベセル」での、ロックを中心とした大規模な「野外コンサート」のこと。

このイベントは「愛と平和と音楽の3日間」と宣伝され、当時のアメリカで崇拝されていた32組のアーティストたちが出演し、これを目当てに小さな田舎町にヒッピー・スタイルの若者が大挙して押し寄せました。

【ウッドストック・フェスティバル】⇒YouTube

この「ウッドストック・フェスティバル」という名前は、「ニューヨーク州アルスター郡ウッドストック」における「アート・ムーブメント」に関連して名付けらており、ライブ会場となった「サリバン郡ベセル」はその近郊でした。

主催者となった若者たちは、「ボブ・ディラン」などの往年のビッグ・アーティストたちが暮らす「ウッドストック」に、自分たちのレコーディング・スタジオを設立する資金集めの目的で、この「野外ロック・コンサート」を企画したと言われています

「ウッドストック」は、主催者側の予想をはるかに超えた約40万人の観客を集め、アメリカの音楽史に残る「野外コンサート」になりました。

それと同時に、当時のカウンターカルチャーを集大成した、ベトナム戦争の激化に代表される「1960年代」の人間性回復のための集会でもあり、

単なる「野外の音楽イベント」というだけではなく、「愛」と「平和」と「反戦」を主張する「ヒッピー文化」の頂点を示すものと評価された「伝説的な野外ライブ・イベント」として、のちのちまで語り継がれることになります。

伝説となった理由は、「とても多くの若者が集まっていたのに、さほど暴力的なことがおこらず、『愛と平和と音楽』という看板どおりのライブ・イベントだったこと」で、それがいまだに「ウッドストック」が愛着をもって語られる大きな要因と言われています。

当時は「ロック好きの若者が集まれば、もっと暴力的なものになるのではないか」と多くの人が思っていたということでもあり、実際に「暴力沙汰」や「流血事件」「死者が出る騒ぎ」になったライブ・コンサートもあったようです。

「ウッドストック・フェスティバル」が有名になるのは、コンサート期間中よりむしろ、その後に「記録映画」が大ヒットしたことによります。

映画「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間」は、「アカデミー賞(長編ドキュメンタリー賞)」まで受賞しています。

【映画 ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間】⇒YouTube

「ライブ録音のレコード」も、ものすごく売れたらしいですね。

「オルタモントの悲劇」

「ウッドストック・フェスティバル」とは対照的なのが、1969年(昭和44年)12月6日に行われたアメリカの「カリフォルニア州サンフランシスコ郊外」の「オルタモント・スピードウェイ」で開かれたフリー(無料)コンサートです。

「オルタモント」のライブイベントは、当時、圧倒的な人気を誇っていた「ローリング・ストーンズ」が中心となったコンサートでした。

「ローリング・ストーンズ」のアメリカツアーの最終日に行われた、アメリカツアーの中でも最大規模の野外フリーコンサートで、フリーであったため集客人数ははっきりとせず、20万人~50万人と言われました。

このライブイベントでは、演奏中に実際に観客が殺害される事件が起こり、「オルタモントの悲劇」とも呼ばれています。

【オルタモントの悲劇】⇒YouTube

あらゆる面で準備不足だったこのライブイベントは混乱を極め、合計4人の死者が出る大惨事となりました。

このコンサートの様子は映画用に撮影されており、事件からちょうど1年後の1970年(昭和45年)12月6日に、映画「ギミー・シェルター」として上映されています。

【映画 ギミー・シェルター】⇒YouTube

コンサート中に観客が警備員に殺害されるというショッキングな事件は、すぐさま各メディアによって大きく報じられ、「ローリング・ストーン誌」は1970年(昭和45年)1月21日付けの記事で、「オルタモントの悲劇」を詳細に報道して、「ロックンロールにとって最悪の日」と名付けました。

「ザ・ビートルズ」崩壊

「ザ・ビートルズ」は1969年(昭和44年)1月13日に「イエロー・サブマリン」、9月26日には、実質的なラストアルバムとも言われる「アビイ・ロード」をリリースしました。

【イエロー・サブマリン/ザ・ビートルズ】⇒YouTube

【ジョンとヨーコのバラード/ザ・ビートルズ】⇒YouTube

【サムシング/ザ・ビートルズ】⇒YouTube

【カム・トゥゲザー/ザ・ビートルズ】⇒YouTube

「アビイ・ロード」がそう言われた理由は、「ザ・ビートルズ」最後のオリジナル・アルバムとして発売された「レット・イット・ビー」の大部分が、「アビイ・ロード」録音前の「ゲット・バック・セッション」における録音であることが知られていたためで、そのことから「事実上ラスト・アルバム」とも言われます。

1969年(昭和44年)1月に、トゥイッケナム・スタジオでレコーディングとドキュメンタリー映画の撮影を兼ねた「ゲット・バック・セッション」が始まりますが、レコーディングの過程でメンバー間の不和が増大し、どんどん険悪になったため、「ゲット・バック・セッション」はとん挫します。

その後、バラバラになりかけた「ザ・ビートルズ」が「最後にアルバムを1つ制作しよう」と気合を入れて制作したとされるのが「アビイ・ロード」でした。

「ザ・ビートルズ」内での不協和音とは裏腹に、音楽的には非常に高い評価を受けたアルバムで、アメリカだけで「1200万枚」以上、全世界では「2900万枚」以上の販売を記録した世界的大ヒットとなっています。

しかし、ほぼ「アビイ・ロード」の発売と時を同じくして、1969年(昭和44年)9月20日にはまた不和になり、「ジョン・レノン」は「ザ・ビートルズ」脱退を口にして、それ以後「ザ・ビートルズ」とは疎遠になります。

そして、翌1970年(昭和45年)4月に「ポール・マッカートニー」が脱退を発表し、伝説のバンド「ザ・ビートルズ」は解散することになります。

さて、そんなターニングポイントを迎えた年のヒットチャートはどんな曲がランクインしていたのか、見てみることにしましょう。(リンク先はすべてYouTubeとなっています)

例によって、ランキングに収まらなかったヒット曲は「ピックアップ」として最後にひとくくりにしてありますので、そちらもどうぞ聞いてみてください。

【1968年ヒット曲】昭和43年ヒットランキング50

1969年(昭和44年)の日本

【この年の出来事】

 さて、1969年(昭和44年)の日本はどんなことがあったか、おさらいしてみましょう。

この年は、学生運動や反戦運動、安保反対運動などがさらに激しさを増した年でもありました。

東京大学に警察の機動隊が乗り込んで反抗する学生を鎮圧した「東大安田講堂事件」、「ベトナムに平和を!市民連合(べ平連)」の集会で「反戦フォーク演奏会」が催されたり、沖縄などがアメリカの統治下におかれた日「沖縄デー」には、全国各地で集会・デモが催され、都内各所でゲリラ活動も行われたようです。

そんな騒然とした状況の中、11月には佐藤首相が訪米し、共同声明で1972年(昭和47年)の沖縄返還が表明されました。

「球界の黒い霧事件」「東名高速道路全線開通」「初のATM(現金自動支払機)設置」「2ドア冷凍冷蔵庫が登場し、冷凍食品時代始まる」「パンタロンの流行」などの話題もありましたね。

国際情勢においては、ソ連の有人宇宙船「ソユーズ」4号と5号が史上初の有人宇宙ドッキングに成功したり、アメリカの宇宙船「アポロ」11号が人類初の月面着陸に成功したりと、新しい時代の到来を予感させる出来事もありましたが、ベトナム戦争は暗い影を落とし、いまだ先が見えない状態でした。

1955年(昭和30年)から続く高度経済成長の流れは依然としてゆるぎないものであり、日本人はそのありがたさを忘れて、主義・思想によるコップの中の争いに明け暮れていた時代だったのかもしれません。

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【テレビ番組】

テレビドラマでは、「大河ドラマ 天と地と」「連続テレビ小説 信子とおばあちゃん」「水戸黄門」「鬼平犯科帳」「鞍馬天狗」「彦左と一心太助」「柔道一直線」「鬼警部アイアンサイド」「宇宙大作戦/スター・トレック 第1シリーズ」など。

人気ドラマの「キイハンター」に、「お色気」の要素をプラスしたドラマ「プレイガール」も、当時大人気となっています。

バラエティや教養番組では、名作お笑い番組「8時だヨ ! 全員集合」などが始まり、「コント55号!裏番組をブッ飛ばせ!!」「連想ゲーム」なども人気でした。

子供番組やアニメなどは、「ひみつのアッコちゃん」「タイガーマスク」「ムーミン」「ハクション大魔王」「サザエさん」「アタックNo1」「サインはV」「空中都市008」などの人気番組がありました。

【懐かしいCM(1969)】⇒YouTube

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【封切映画】

この年の日本映画では、「フレッシュマン若大将」「ニュージーランドの若大将」「男はつらいよ」「続・男はつらいよ」

「日本一の断絶男」「クレージーのぶちゃむくれ大発見」「クレージーの大爆発」「奇々怪々 俺は誰だ?!」

「社長えんま帖」「続・社長えんま帖」「喜劇 駅前桟橋」

「ドリフターズですよ!特訓特訓また特訓」「ドリフターズですよ!全員突撃」「コント55号 人類の大弱点」

「愛のきずな」「日本暗殺秘録」「緯度0大作戦」

「風林火山」「御用金」「心中天網島」「人斬り」「日本海大海戦」といった作品が、公開されています。

劇場用アニメや子供向け映画では、「東宝チャンピオンまつり」「東映まんがまつり」「千夜一夜物語」「巨人の星」などが上映されていました。

日本で封切された洋画では、「ジョアンナ」「個人教授」「うたかたの恋」「ふたりだけの夜明け」「慕情のひと」「さすらいの青春」「さらば恋の日」「ミス・ブロディの青春」「ジョンとメリー」

「まごころを君に」「栄光の座」「できごと」「チップス先生さようなら」「夕なぎ」「カロリーナ」「火曜日ならベルギーよ」

「女王陛下の007」「マンハッタン無宿」「君は銃口 俺は引金」「世界殺人公社」「殺しのダンディー」「0の決死圏」

「ローズマリーの赤ちゃん」「女鹿」「世にも怪奇な物語」「フィクサー」「秘密の儀式」「夜霧のモントリオール」

「さいはての用心棒」「マッケンナの黄金」「黄金無頼」「風の無法者」「豹 ジャガー」「殺しが静かにやって来る」

「大侵略」「脱走山脈」「想い出よ、今晩は!」「ネレトバの戦い」「空軍大戦略」

「ファウスト悪のたのしみ」「小びとの森の物語」

「アルフレッド大王」「カラマーゾフの兄弟」「アレキサンドリア物語」などがありました。

【1970年ヒット曲】昭和45年ヒットランキング50

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■年間ランキング ベスト50

■年間1位~10位

1【夜明けのスキャット/由紀さおり】
2【港町ブルース/森進一】
3【ブルー・ライト・ヨコハマ/いしだあゆみ】
4【恋の季節/ピンキーとキラーズ】
5【黒ネコのタンゴ/皆川おさむ】
6【禁じられた恋/森山良子】
7【池袋の夜/青江三奈】
8【長崎は今日も雨だった/内山田洋とクールファイブ】
9【時には母のない子のように/カルメン・マキ】
10【長崎ブルース/青江三奈】

■年間11位~20位

11【グッド・ナイト・ベイビー/キングトーンズ】
12【風/はしだのりひことシューベルツ】
13【涙の季節/ピンキーとキラーズ】
14【年上の女/森進一】
15【恋の奴隷/奥村チヨ】
16【君は心の妻だから/鶴岡雅義と東京ロマンチカ】
 【C/W 泣いた日もある】
17【悲しき天使/メリー・ホプキン】
18【人形の家/弘田三枝子】
19【今は幸せかい/佐川満男】
20【仁義/北島三郎】

■年間21位~30位

21【知らなかったの/伊東ゆかり】
22【いいじゃないの幸せならば/佐良直美】
23【或る日突然/トワ・エ・モワ】
24【雨/ジリオラ・チンクエッティ】
25【愛の奇跡/ヒデとロザンナ】
26【青い鳥/ザ・タイガース】
27【七色のしあわせ/ピンキーとキラーズ】
28【初恋のひと/小川知子】
29【おんな/森進一】
30【マンチェスターとリバプール/ピンキーとフェラス】

■年間31位~40位

31【愛の化石/浅丘ルリ子】
32【雲にのりたい/黛ジュン】
33【フランシーヌの場合/新谷のり子】
34【輝く星座/ザ・フィフス・ディメンション】
35【昭和ブルース/ザ・ブルーベルシンガース】
36【365歩のマーチ/水前寺清子】
37【西暦2525年/ゼーガー&エバンス】
38【悲しみは駆け足でやってくる/アン真理子】
39【スマイル・フォー・ミー/ザ・タイガース】
40【白い恋人たち/フランシス・レイ・オーケストラ】

■年間41位~50位

41【ふたりのシーズン/ゾンビーズ】
42【美しき愛の掟/ザ・タイガース】
43【さよならのあとで/ジャッキー吉川とブルーコメッツ】
44【スワンの涙/オックス】
45【ミヨちゃん/ザ・ドリフターズ】
46【夕月/黛ジュン】
47【あなたの心に/中山千夏】
48【君がすべてさ/千昌夫】
49【今日からあなたと/いしだあゆみ】
50【ロミオとジュリエット/サウンドトラック】

■この年の注目曲 ピックアップ

■【邦楽】ピックアップ

■アーカイブ 1~30

【白いブランコ/ビリー・バンバン】
【みんな夢の中/高田恭子】
【白いサンゴ礁/ズー・ニー・ブー】
【どしゃぶりの雨の中で/和田アキ子】
【別れのサンバ/長谷川きよし】

【真夜中のギター/千賀かおる】
【坊や大きくならないで/マイケルズ】
【遠い世界に/五つの赤い風船】
【風が落した涙/小川ローザ】
【オー・チン・チン/ハニー・ナイツ】

【オリビアの調べ/フォーリーブス】
【粋なうわさ/ヒデとロザンナ】
【夜が明けたら/浅川マキ】
【熱海の夜/箱崎晋一郎】
【忘れたいのに/モコ・ビーバー・オリーブ】

【私もあなたと泣いていい?/兼田みえ子】
【雨に濡れた慕情/ちあきなおみ】

■【洋楽】ピックアップ

■アーカイブ 1~30

【マイ・ウェイ/フランク・シナトラ】
【ザ・トラックス・オブ・マイ・ティアーズ/スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ】
【雨にぬれても/B.J.トーマス】
【若葉のころ/ビージーズ】
【ワイルドでいこう!/ステッペンウルフ】

【ホンキー・トンク・ウィメン/ローリング・ストーンズ】
【ヴィーナス/ショッキング・ブルー】
【シェリーに口づけ/ミッシェル・ポルナレフ】
【帰ってほしいの/ジャクソン5】
【ボクサー/サイモン&ガーファンクル】

【蒼いノクターン/ポール・モーリア】
【口笛の鳴る丘/ポール・モーリア】
【ゲット・バック/ザ・ビートルズ】
【しあわせの朝/クリフ・リチャード】

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