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 神社にお詣りするときに、参道の真ん中を歩いている人いますよね?

実は鳥居から参道を通って本殿や拝殿の参拝場所まで、真ん中は神様の通り道として空けておかなければならず、そこを通ったり横切ったりしてはならないとされています。

でも、どうしても真ん中を横切って向こう側に行かなくてはならないときってありますよね?そういう場合は、一体どうすればいいんでしょう?

答えは「仕方のない場合は普通に通ってよい」です。だってしょうがないですからね。頻繁に横切ったりしなければいいみたいです。

とはいっても作法を外れてしまうので、心の中で「通らせていただきます」と言うか通るとき軽く会釈をすると、よりいいかもしれません。

さて、今回の記事では「千住」「向島」「押上」「青砥」「葛西」周辺のそれぞれの金運神社に行ってみましょう。

<千住>
石浜神社

<向島>
三囲神社

<押上>
飛木稲荷神社

<青砥>
立石熊野神社

<葛西>
葛西神社

 <千住周辺>

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 石浜神社

 石浜神社は、724年に聖武天皇の勅願によってこの地に鎮座しています。

1189年には、源頼朝が奥州征討の折に社殿の寄進をして戦勝を祈願し、見事奥州を平定しました。

1281年、蒙古襲来の際にも石浜神社において必勝を祈願が行われ、フビライ・ハーンの日本制服を挫折させました。

石浜神社で一番のパワースポットはやはり、「真崎稲荷神社」でしょう。

成功運・勝運の神社として石浜神社よりも名が知られているかもしれません。

古い時代には「真先稲荷」とも言われ、「一番乗りに霊験あり」と武功・勝利の神として武士たちに非常に崇敬されました。

現在でも、ギャンブラーや勝負師の人たちにとても人気がある神社です。

室町時代の天文年間(1532~55)に、千葉守胤という武将が創建し、真崎稲荷神社の御朱印を身に着けて出陣したところ、必ず一番乗りが達成できたと言われています。

もともとはそれぞれ独立した神社でしたが、1926年(大正15年)に遷座して石浜神社の境内に移され摂社となりました。

石浜神社も摂社真崎稲荷神社も、共に宝くじファンにとって強い味方となってくれそうです。

 【石浜神社データ】

 所在地  東京都荒川区南千住3-28-58  TEL:03-3801-6425

 アクセス JR常磐線「南千住」駅より徒歩15分
      東京メトロ日比谷線「南千住」駅より徒歩15分
      つくばエクスプレス「南千住」駅北口より徒歩15分

 神社ホームページ http://www.ishihamajinja.jp/

 祭神 天照大神、豊受大神 ほか

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浅草名所七福神」の一社になっています。

 浅草寺    大黒天
 浅草神社   恵比寿
 待乳山聖天  毘沙門天
 今戸神社   福禄寿
 不動院    布袋
 石浜神社   寿老人
 鷲神社    寿老人
 吉原神社   弁財天
 矢先神社   福禄寿

 【周辺のグルメ情報】食べログ<南千住駅周辺>

 【地図】

 <向島周辺>

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 三囲神社

 三囲神社は、創建年代はわかっていません。

社伝によると弘法大師の勧請だとも言われていますし、文和年間(1352~56年)に創建されたとも言われています。

言い伝えによれば、南北朝時代のころ近江国三井寺の僧がこの地にやって来たときに、小さな祠の由来を耳にして、社殿の再興をしようと土を掘ったところ壺が出てきました。

その壺の中に、右手に宝珠、左手にイネを持ち、白狐に跨った老爺の神像が見つかり、このとき、白狐がどこからともなく現れて、その神像の回りを3回まわって消えてしまいました。

三囲神社の社名はその話に由来していると言われています。

1693年に日照りが続き旱魃(かんばつ)となったとき、俳人の其角が偶然この地に来て、地元の人々の求めに応じて、「遊(ゆ)ふた地や田を見めくりの神ならは」と一句を詠んで神前に奉納したところ、次の日に見事雨が降ったそうです。

このことがあって三囲神社の名前は江戸中に広まり、伊勢松阪の豪商であった三井家が江戸に進出すると、その守護神として崇敬しました。

三井家が三囲神社を守護神社としたのには、向島の地が三井家のあった江戸本町から見て東北にあたり鬼門だったことと、三囲神社の「囲」の文字に三井家の「井」が入っているため、「三井を守る」神社であると考えられたためです。

金運神社としての三囲神社のスゴイところは、何といっても三井財閥の守り神であった点にあるでしょう。

財閥ができるくらい金運に恵まれるのだとも言えるかもしれません。

ちなみに三囲神社は、東京にある稲荷ではナンバー2だそうです。

ナンバー1は王子稲荷神社、ナンバー2が三囲神社、ナンバー3が真崎稲荷神社(石浜神社境内社)ということになっているようです。

巷では三囲神社の「強運のお守り」が、金運を含む全ての運にとてもスゴイご利益があると噂されており、このお守りを持って西南戦争に出征した兵士が、弾に当たらずに無事に生還したというとかという逸話もあります。

 【三囲神社データ】

 所在地 東京都墨田区向島2-5-17  TEL:03-3622-2672

 アクセス 東京メトロ銀座線「浅草」駅より徒歩14分
      東京メトロ半蔵門線「押上」駅より徒歩13分
      都営浅草線「本所吾妻橋」駅より徒歩9分
      東武スカイツリーライン「東京スカイツリー」駅より徒歩7分
      東武スカイツリーライン「曳舟」駅より徒歩13分

 神社ホームページ なし

 祭神 宇迦御魂命(稲荷神)

ニャン三郎ニャン三郎

隅田川七福神」の一社です。

三囲神社  恵比寿・大黒天
弘福寺   布袋
長命寺   弁財天
向島百花園 福禄寿
白鬚神社  寿老人
多聞寺   毘沙門天

 【周辺のグルメ情報】食べログ<東京スカイツリー駅周辺>

 【地図】

 <押上周辺>


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 飛木稲荷神社

 飛木稲荷神社は、詳しい創建年代は分かっていませんが、言い伝えによれば鎌倉幕府滅亡後に幕府執権であった北条氏の一族が逃れてきてこの地に住みつき、1468年に稲荷大明神を勧請したのが始まりと言われています。

その後、暴風雨の際にイチョウの枝が飛んできてこの場所に突き刺さり、いつの間にか枝葉を茂らせて大木となったという伝承から飛木稲荷神社と名づけられたそうです。

飛木稲荷神社の最大のパワースポットは、神社の名前の由来ともなった樹齢500〜600年にもなるイチョウのご神木です。

このイチョウの大木は雷が直撃したことがありますがその後も生き延びていますし、さらに大東亜戦争(太平洋戦争)のときには東京大空襲で焼かれたこともありますが無事に生き延び、現在も葉を茂らせている「不死身のイチョウ」です。

町なかにあるそれ程大きくはない神社ですが、まれにみる「強運のイチョウ」にあやかりたいと、宝くじファンやギャンブラー・勝負師の人たちに大人気になっています。

東京スカイツリーも近くにあることですし、強運をいただいた後は、東京ソラマチでショッピングや腹ごしらえをするのもよさそうですね。

歩いて10分もかからないくらいの場所ですし、浅草もすぐなので、観光してまわるのもいいかもしれません。

楽しい参拝になりそうです。

 【飛木稲荷神社データ】

 所在地 東京都墨田区押上2-39-6  TEL:03-3611-0862

 アクセス 東京メトロ半蔵門線「押上」駅より徒歩7分
      都営浅草線「本所吾妻橋」駅より徒歩16分
      京成押上線「京成曳舟」駅より徒歩9分      
      東武スカイツリーライン「東京スカイツリー」駅より徒歩9分
      東武スカイツリーライン「曳舟」駅より徒歩7分

 神社ホームページ なし

 祭神 宇迦御魂命(稲荷神)

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強運のお稲荷さんなので、金運のご利益が大きそうです。

 【周辺のグルメ情報】食べログ<曳舟駅周辺>

 【地図】

 <青砥周辺>

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 立石熊野神社(五方山熊野神社)

 立石熊野神社は、平安時代中期の長保年間(999~1003)頃に、阿倍仲麻呂の曽孫であり陰陽師の「安倍晴明」により勧請されたと伝えられています。

「安倍晴明がじかに勧請した神社」は、関東では立石熊野神社が唯一でありとても貴重です。

陰陽道の五行説に則って、境内の平面が一辺が三十間(約63.6m)の五角形になるように建立されており、正式名称は「五方山熊野神社」と言います。

紀州の熊野三社権現を祀っており、ご神体は江戸時代に「熊野神社古代石剣」として全国的に知られ、江戸の市中をはじめとして近郷の崇敬を集めて大人気神社の1つでした。

安倍晴明が著した陰陽道の秘伝書「金烏玉兎集」を基にして、熊野大神ゆかりの神使である八咫烏をモチーフにした「金烏の御守護」(きんうのごしゅご)と呼ばれるお守りが人気になっています。

この御守は、江戸時代に徳川三代将軍家光・八代将軍吉宗が、葛飾で鷹狩りをする際には毎回授与されたと伝えられています。

御三卿の1つである田安家も立石熊野神社を非常に篤く崇敬し、たびたび参拝してその度ごとに将軍同様に金烏の御守を授与されたそうです。

近くに「立石様」という地名の由来となった奇石があり、葛飾区指定史跡になっています。

かなり古くからある石で「根あり石」とも呼ばれ、さまざまな伝承や伝説が伝えられています。

過去にたびたび発掘が試みられたそうですが、その度に奇病が広がったりして、人々は祟りに畏怖したということです。

古代では官道の脇に道しるべとして石を設置することがあり、その場所のことを「立石」と呼んでいました。

「立石様」は、古墳時代に遠く千葉県の鋸山付近から「古墳の石室」を造る石材として運搬してきたもので、奈良時代以降になって、墨田から小岩に向かう古代の東海道の道標として使われたものと推定されています。

以前にテレビのニュース番組「スーパーJチャンネル」でもこれをとり上げて検証していますが、科学的手法でいろいろ調べた結果以下のことが分かったようです。

    1)「立石様」の下は「空洞」になっている。
    2)「立石様」周辺には、掘り返されたような跡は見つけられない。
    3)「立石様」のある公園は、水路のようなものの跡などが地中に存在している。

これらのことから番組は、「立石様」は「古墳の石室の天井」などではないか? という結論を出しています。

「立石様」は公園の中にあり、そのすぐ脇に「立石稲荷神社」として小祠が祀られています。

安部清明に選ばれ、古代には聖地でもあった場所に是非パワーをいただきに参りましょう。

 【立石熊野神社データ】

 所在地 東京都葛飾区立石8-44-31  TEL:03-3693-5623

 アクセス 京成本線・京成押上線「青砥」駅より徒歩10分
      京成押上線「京成立石」駅より徒歩13分

 神社ホームページ http://jinjya.kumano-kids.com/

 祭神 伊邪那岐大神、速玉男大神、事解雄大神(熊野三神)

ニャン三郎ニャン三郎

参拝の際には、すぐ近くの「立石様」「立石稲荷神社」もお詣りに行ってみましょう。

立石様・立石稲荷神社  東京都葛飾区立石8-37-17 【地図】

 【周辺のグルメ情報】食べログ<青砥駅周辺>

 【地図】

 <葛西周辺>

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 葛西神社

 葛西神社は、平安時代末期の1185年に「上葛西、下葛西、三十三郷の総鎮守」として、香取神宮の分霊を勧請したのが始まりと言われています。

徳川八代将軍吉宗の頃に、太鼓や笛を使い人形芝居を始めたことから「葛西囃子」が生まれ、これが「祭り囃子」の元祖になりました。

「経津主尊」「日本武尊」「徳川家康」という勝負運に強い神様がそろって祀られており、また、境内にある「金町弁天社」は金運財徳のご利益が大きいと言われています。

周辺の「金町」という土地の名も、金運神社とされる理由の1つです。

神社の社名や社紋、土地の名などに「運を連想させる要素」(この場合は「金」の文字)が含まれるということが、運を授かるうえで重要とされています。

強力なパワースポットとも言われており、金運の神社としてちょくちょく名前が挙がる玄人好みの神社というところでしょうか。

ちなみに葛西神社は、すぐ近くに柴又、亀有、松戸などの町があり、それらにちょうど挟まれた位置にあります。

どの町も電車を使えば1駅行くだけですので、参拝後にはそれらの町をのんびり散策するのもいいかもしれません。

江戸川の河川敷は、晴れた日には気持ちがいいでしょう。

 【葛西神社データ】

 所在地 東京都葛飾区東金町6-10-5  TEL:03-3607-4560

 アクセス JR常磐線「金町」駅より徒歩10分
      京成線「金町」駅より徒歩10分

 神社ホームページ http://homepage3.nifty.com/kasaijinja/

 祭神 経津主尊、日本武尊、徳川家康 ほか

ニャン三郎ニャン三郎

金町弁天社をイメージした「金運御守」が人気が高いようです。

 【周辺のグルメ情報】食べログ<金町駅周辺>

 【地図】

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